サブスクと洋楽
サブスクの音楽サービス。
最近はもうCDをレンタルしてそれをPCのiTunesに、それをiPodに、といった工程はなくなって定額の配信サービスで音楽も楽しむ時代になった。
以前は自分の好きな曲、アーティストしかiPodから流れてこなかったが、いまなら話題の曲やみんなが聴いている曲がトレンドとして流れてきたりもする。
その機能のおかげで聴かず嫌いだったアーティストに触れることができたり、時には自分にとっての名曲になりうる存在に遭遇できることも。
ただその中で疑問も生じた。
“ジャパンヒットチャート”だ。
いま日本人に多く聴かれている曲が流れてくるこれさえ抑えておけば間違いないといったところのプレイリストだ。
それを聴きながら思ったのだが
みんなこんなに洋楽聴いてんの???
最初2曲ほど定番の邦楽を聴くときまって3曲目くらいには英語の歌詞が流れてくる。ヘタしたらそこから2曲、3曲連続で洋楽もざらだ。
ぼくは洋楽にほとんど触れずに生きてきたきたので、今でも聴く習慣がないし、正直聴いていても心に染みてきたり、印象に残ることはまあない。
洋楽が好きな人が一定数いるのも理解できるし、否定するつもりは1ミリもない。
ただ、え、そんな聴く?
あんなにヒットチャートに上がると言うことはぼく以外の大多数、せめて半分の人間は洋楽をメインでヘビロテしていないと計算が合わない。
問題ない、全く問題ない。
ぼくも洋画はよく観るし。
でも洋画を字幕ないしは吹き替えでみてるのと洋楽を聴くのとでは全然ハードルが違うと思うのだがどうだろう??
字幕や吹き替えは日本人が楽しめるように用意されたものなのに対し、洋楽はもう本国の人たちが聴くそれと全く一緒ではないか。
なぜその高いハードルを難なく越えて、エンタメとして享受できるのだろうか。
CD社会ではぼくは一生この事実にきづかなかったんだろう。
でもやっぱりみんなそんな聴く???
以上
15分の昼寝
昼夜逆転しているので、
夜中3時、4時くらいに寝て昼過ぎに起きるという毎日です。
そんな僕でも寝始めて数時間しか経ってないはずの朝7時とかに驚くくらいスッと目が覚める。
「あ、これそのままの勢いで布団から出たら起きれるな。」と思いつつ、
「でも今起きたら後で眠くなるしもうちょい寝よ。」と二度寝したらもう昼過ぎ、、、。
これは良くない。
結局寝すぎる。寝すぎると寝不足の時と同じくらい体が重いんだよね。
そこで最近やってるのが15分の昼寝。
朝目が覚めたら、睡眠時間の長さにかかわらず一旦起きる。で、必ず昼には睡魔が来るけど、その際に布団じゃなくていつも座っているイスに座ったままデスクに突っ伏して寝る。
15分と決めているのではなく、大体起きるといつも15分。
これですごく頭が冴える。
寝過ぎてもだるい&また次の夜寝れないっていうループに入るから、昼寝をうまく使って、自由に使える時間を増やしていきたい。
以上
大事なのは”意識“です。
コロナウイルスの脅威は留まるところをしりませんね。
幸いにもまだ周囲の人で感染した人はいないものの、
この調子で拡大していくと、いよいよ僕の周りで出てもおかしくない。
僕自身も職場が道頓堀付近。いつ菌に触れてもおかしくない。もう触れているのかも。。。
と、いうところでマスクとトイレットペーパーの話。
あれ買いだめしている人ってどういう感覚なの!?!?
1、2袋買うのはわかるけど、何ヶ月分も買いだめしてる人たちって、、
いや、それ使い終わる頃には普通に買えます。
無駄に買い溜めするのは災害のために水や防災グッズを備えておくのとは訳が違う。
防災グッズだって半年分も備蓄したりしないでしょ?
それにそういうものは前もって備えておくもの。いざその時になって買いだめるということはその向こう側で手に入れることができなくて困ってしまう人が生まれるということ。そこに意識が向いていないんだろうね。
トイレットペーパーを買いだめする人は、1回使用する時に無駄に使いすぎてませんか?
マスクを買いだめする人は、その前にしっかり手洗いうがいをしてますか?
そういうところからはじめた方が効果があると僕は思う。
モノを揃えるだけで解決するなら世界中で問題になってない。
大事なのは“意識“です。
ありきたりな内容になったけど、
地元香川の祖父母が心配して何回も電話かけてきてくれてるのもあり、書きました。
大事なのは”意識“です。
以上
【小説】こころ
夏目漱石の“こころ”
いやー読むのに時間かかった。
長編ではないんだけれど流石時代を経ている、言葉や文脈が入ってこない。
国語で習った時ってこんなに難しかったっけ?文章が違うのかな?
教科書に載ってたのは後半のKという人物が出てきたあたりからだけだけど、
重要なのはそこじゃないんだね。こうして読んでみるまでは恋愛小説だと思ってた。
たぶんそう思ってる人も多いと思う。
主人公が慕っている“先生”が恋愛も含め様々な経験を経て人間、ないしは自分自身に絶望し、その果てに自ら命を断つ。奇しくもその人生は自分を裏切った親戚や自殺したKと同じ。
最初にもいったように、表現や言葉遣いが現代と違うし、登場人物の感性に関してもなんで?と思う節が多くある。
オリエンタルラジオのあっちゃんがYoutubeチャンネルでこの小説について解説してて「その理解できないということこそが時代の移り変わり、それによって価値観・道徳心も移り変わるということを教えてくれるタイムカプセルだ」と語っていた。
なんだかそれがすごく腑に落ちた。理解できなくていいんだ。
是非あっちゃんの動画を見て欲しい。ちなみに観てから僕は読みました。
にしても学生にはこの感情というかニュアンスはより理解できないでしょ〜
おい、著者の意図理解できたような顔でテスト解いてる学生のおれ、お前全く理解できてないよ。笑
“精神的に向上心のないものは馬鹿だ”
以上
お酒は飲まなきゃだめですか?
僕はそんなにお酒を飲まない。
量の話じゃなく回数の話。
週に1回も飲まないな、2週間に1回くらい。
少人数で飲むのは好きなんだけど、周りは多人数で飲みたがる人が多くて、、、
みんなでワイワイするのもたまには楽しいけど、なんかお酒の勢いで無茶苦茶するノリとかは好きじゃない。
それに飲みに行くお金で結構いいもの食べれるし、数回我慢したら高価なモノ買ったりできるって考えが勝る。
せっかく飲むなら普段話せないような深い話とかしたい。
そういう話の方が僕は結果楽しい。
なんかまとまりないけど、
大人になると飲み行く以外で友達と集まることがなくなって寂しいなあと思い書きました。
昼間に遊びたいね。
以上
リトルカブ
去年の春に中型のバイクを手放してからというもの、ずっと自転車生活を送っておりました。
自転車もけっして悪くないし、乗り出した頃は適度な運動にもなっていいなこれはと思った。(ちょうどその頃弱虫ペダルにどハマりしてしまったのもあり。笑)
けどやはりあの爽快感、、
アクセルを回した時のマフラー音や下から突き上げるドコドコが欲しい、、、!!
とおもい購入に至りました。
中型に乗っている頃から、ずっとカブには興味があって、将来は所さんの世田谷ベースみたく、カブをいじれるおじさんになりたいななんて思ったり。
原付なので速度は出せないし、二段階右折だし、カブにはセルもないから毎回キックでのエンジンスタート。
でも、それがいい。
こいつにはその不便さ・不器用さが似合う。
元来バイクってそういうもの。
しばらくいけてなかったキャンプも再開できたし、これからいろんなとこに足を運んでいこう。と思う。
以上